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大阪地方裁判所 昭和54年(ワ)1206号 判決

原告

冨永明弘

被告

井本市太郎

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自一三八六万七九〇五円及びこれに対する昭和五一年一二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その二を原告の、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  被告らは、原告に対し、各自二七二六万八二九五円及びこれに対する昭和五一年一二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五一年一二月一五日午前七時二〇分ころ

(二) 場所 大阪市淀川区三津屋南一丁目四番一八号先交差点

(三) 加害車 普通貨物自動車(大阪四五さ五九〇〇)

右運転者 被告井本市太郎(以下、被告井本という。)

(四) 被害者 原告

(五) 態様 原告が原動機付自転車(以下、原告車ともいう。)を運転して前記番地先の交差点を南から北へ進行中、西側道路から加害車を運転して進行してきた被告井本が徐行及び一時停止をせずに南方へ右折進行したため原告と衝突した。

2  責任原因

(一) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告阪神ローレルフーズ株式会社(以下、被告会社という。)は、加害車を所有し、自己のために運行の用に供していた。

(二) 一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告井本は、交差点で右折進行するに際し、前側方不注視、一時停止懈怠、直進優先無視等の過失により前記事故(以下、本件事故という。)を発生させた。

3  損害

(一) 受傷、治療経過等

(1) 受傷

本件事故により、原告は、左下腿開放骨折(脛骨、腓骨々折)、左外傷性股関節脱臼、左膝部下腿多発性擦過創の傷害を負つた。

(2) 治療経過

入院

(イ) 昭和五一年一二月一五日から同五二年二月四日まで五二日間豊田病院

(ロ) 昭和五二年三月一一日から同月一六日まで六日間同病院

(ハ) 昭和五二年三月一六日から同年一〇月八日まで二〇七日間兵庫医科大学病院

(ニ) 昭和五二年一〇月八日から同五三年六月五日まで二四一日間中馬病院

(ホ) 昭和五三年六月五日から同年一〇月一日まで一一八日間兵庫医科大学病院

(ヘ) 昭和五三年一一月一五日から同年一一月二三日まで九日間同病院

通院

(イ) 昭和五二年二月五日から同年三月一〇日まで豊田病院(実治療日数四日)

(ロ) 昭和五三年一〇月二日から同年一一月一四日まで兵庫医科大学病院(実治療日数一四日)

(ハ) 昭和五三年一一月二四日から同五四年八月一六日まで同病院(実治療日数四二日)

(3) 後遺症

原告には股関節の機能障害等の後遺症が残存し、昭和五四年八月一六日症状固定と診断され、自賠等級八級と認定された。

(二) 治療関係費

(1) 治療費 二九八万四四二五円

本件事故による受傷のため、治療費は合計二九八万四四二五円かかつたが、健康保険と自賠責保険とで既に填補ずみであるので本訴では請求しない。

(2) 入院付添費 二三万四〇〇〇円

原告の入院期間中、昭和五一年一二月一五日から同五二年二月四日まで五二日間、同年三月一一日から同月一六日まで六日間、同月二二日から同月二九日まで八日間及び昭和五三年六月二三日から同年七月四日まで一二日間、原告の近親者が付添つた。

(3) 通院付添費 八〇〇〇円

原告の通院期間中、四日間原告の近親者が付添つた。

(4) 入院雑費 六三万三〇〇〇円

入院中一日一〇〇〇円の割合による六三三日分

(三) 逸失利益

(1) 休業損害 三三六万二九五〇円

原告は本件事故当時不二サツシ工業株式会社に採用決定されており、昭和五二年四月一日から入社の予定であつたところ、同社における昭和五二年度新規高卒者(原告と同期入社)の賃金は一か年一四一万四一四四円(給与一二六万一〇三五円、賞与一五万三一〇九円を合算したもの)であり、原告は入社初年度において右程度の収入を得るはずであつたので、昭和五二年四月一日から昭和五四年八月一六日の症状固定日までを休業期間として算出すると右金額となる。

(2) 将来の逸失利益 二五九四万三一三三円

原告の後遺症は、鑑定の結果によると自賠等級七級と評価されるので、その労働能力を五六パーセント喪失したものであるところ、原告は症状固定時二〇歳であるから、昭和五四年度賃金センサス第一巻第一表企業規模計、学歴計男子労働者(二〇歳)の年収を基礎として、その逸失利益を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、二五九四万三一三三円となる。

仮に七級に該当しないとしても、少なくとも八級には該当するから、そうすると逸失利益は二〇八四万七一六一円となり、これを下ることはない。

(四) 慰藉料 一〇〇〇万円

原告は、本件事故により入院六三三日、通院三四四日を要する傷害を負つたうえ、昭和五二年六月三〇日不二サツシ工業株式会社から採用を取消され、また、鑑定の結果によると自賠等級七級に相当する後遺障害を残すこととなつた。以上の事情に照らすと、慰藉料額は一〇〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用 二四〇万円

4  損害の填補 五〇九万円

原告は自賠責保険から五〇四万円及び被告会社から見舞金として五万円の支払を受けた。

5  本訴請求

よつて、原告は、被告両名各自に対し、前記3の合計額四二五八万一〇八三円から4の五〇九万円を控除した金額三七四九万一〇八三円のうち、二七二六万八二九五円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五一年一二月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

(認否)

1 請求原因1のうち、(一)ないし(四)は認めるが、(五)は争う。

2 同2のうち、(一)は認めるが、(二)は争う。

3 同3はいずれも知らない。

4 同4は認める。

(主張)

1 過失相殺

被告井本は、加害車を運転して本件事故現場に至る東西道路を東進し、南に右折するため交差点の直前で一時停止標識に従い停車したところ、約四〇メートル右方(南方)に原告車が北進してくるのを認めたので、その動向を注視しながら時速約五キロメートルで右折を始めたが、一方原告は、同被告の予想に反し、制限時速を約二〇キロメートルも超える速度で走行していたため適切なハンドル・ブレーキ操作ができず、衝突を避けるため同被告が制動措置をとり加害車が停止するのと同時くらいに原告車が加害車に衝突した。したがつて、本件事故の発生については、原告にも速度違反、前方注視義務違反、徐行義務違反等の過失があるから、損害賠償額の算定にあたり五〇パーセント程度の過失相殺がなされるべきである。

2 原告が本件事故により負傷したことと昭和五三年六月以降の原告の左股関節脱臼の治療及び同部位に残存する後遺障害との間には、相当因果関係がない。

本件事故により、原告は、(1)左下腿開放骨折、(2)左膝部下腿多発性擦過創、(3)左股関節脱臼の傷害を負つたが、原告を治療した豊田病院では、原告の受傷部位を右(1)、(2)のみと診断して治療を行ない、(3)は看過したまま昭和五二年二月四日原告を退院させた。ところが、その後通院治療中の同年三月一一日原告の訴えによりレントゲン検査をした結果、初めて同病院では原告に左股関節脱臼があることを発見するに至つた。そこで原告は、直ちに入院し、同月一六日には兵庫医科大学に転院して右傷害の治療を始め、翌昭和五三年六月以降は専ら右傷害による脱臼後関節強直に対する治療を受けることとなつた。しかし、原告の負傷は交通事故による左下腿骨折等であるから、豊田病院において原告の症状を的確に診察すれば左股関節脱臼を容易に発見できたはずであり、そして医師としては、原告に左下腿骨折等があつたとしても、受傷後一週間ないし遅くとも一か月以内には股関節脱臼の治療・手術を行なうべきであつたのであり、そうすれば、股関節脱臼の治療が長期化したり、同部位に可動制限等が残ることはなく、治療期間は長くとも全治まで一〇か月程度もあれば足り、後遺症も症状固定時の四分の一ないし二分の一程度の障害ですんだはずである。

したがつて、原告が適切な治療を受けられなかつたため損害が拡大した部分、すなわち股関節脱臼の治療期間のうち通常よりも長期化した部分及び同部位の後遺症のうち二分の一ないし四分の三については、豊田病院の医師の不適切な治療行為に起因するものであるから、本件事故による負傷との間に相当因果関係がなく、被告らに損害賠償義務はない。

3 逸失利益

(一) 原告の後遺症の程度は自賠等級七級には該当しない。

(二) 後遺症による逸失利益の喪失期間は、医学上症状が継続する期間と異なり、減収の有無、程度についての判断を基準に考えるべきところ、原告のような若年者(症状固定時二〇歳)はあらゆる職業に就く機会が与えられ、かつ、新たな職業に対する適応性が高いから、減収の蓋然性はきわめて少ないというべきである。

(三) また、逸失利益の算定にあたり平均賃金による場合には、事故時のそれを用いるべきである。

(四) ところで原告は、昭和五六年一月一日以前から淀川製版有限会社に勤務しており、現在も同社で就労中であるところ、昭和五六年の原告の年収は二三七万円である。しかして、逸失利益の算定にあたり、抽象的な労働能力の喪失率を基準に逸失利益を算定する見解もあるが、具体的な逸失利益の有無内容が明らかになればこれによつて行なうべきであるから、そうすると、昭和五六年一月一日以降は原告に具体的な逸失利益は生じていないといわざるを得ず、右時点以降の原告の逸失利益の請求は理由がない。

4 損害の填補

被告らは、原告の治療費として三一万四四八四円支払つた。

三  被告らの主張に対する原告の反論

1  被告らの主張1は争う。

本件事故は、被告井本が原告車の接近に気付きながら、左方を確認しただけで、再度右方の安全を確認せずに時速約一〇キロメートルで急発進したため、加害車を原告に衝突させたというものである。したがつて、本件事故の原因は全面的に被告井本の過失によるものであるから、過失相殺の主張は失当である。

2  被告らの主張2は争う。

原告の左股関節脱臼が本件事故により生じたものである以上、右に関する損害と本件事故との間には相当因果関係がある。

3  被告らの主張3は争う。

逸失利益の算定は、労働能力の喪失という観点から考えるべきところ、原告には七級相当の後遺症が残存しているうえ、原告の後遺障害は将来悪化する可能性があること、身体障害者の就業の機会は健常者に比べると少ないこと等を考慮すると、被告らの主張はすべて失当である。

4  被告らの主張4は争う。

第三証拠〔略〕

理由

第一事故の発生

請求原因1の(一)ないし(四)は当事者間に争いがなく、同(五)の事故の態様は後記第二の二で認定するとおりである。

第二責任原因

一  運行供用者責任

請求原因2の(一)は当事者間に争いがない。したがつて、被告会社は自賠法三条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

二  一般不法行為責任

前記第一の争いのない事実に、成立に争いのない甲第一二号証の一、二、乙第一号証の三ないし五、原告及び被告井本市太郎各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件事故現場は、いずれも歩車道の区別がなく、アスフアルト舗装された幅員約五・七メートルの南北に通ずる道路(以下、南北道路という。)と、これに対しほぼ同じ幅員の北西に通ずる道路(以下、交差道路という。)とが斜めに交差する信号機の設置されてない丁字型交差点(以下、本件交差点という。)である。南北道路は、平たんで前方の見通しは良いが、交差点の手前に塀があるため、交差道路に対する見通しは良くない。そして、南北道路の東側には道路沿いに土手があり、阪急電車の軌道敷となつている。一方、交差道路は、交差点の左右に建物及び塀があり、そのため左右の見通しは良くなく、交差点入口付近には一時停止の標識が設置されている。そして、事故現場付近の道路の最高速度は時速二〇キロメートルに規制されており、また、事故当時路面は乾燥していた。

2  被告井本は、加害車を運転し、交差道路を東進して本件交差点を南に右折しようとしたものであるが、交差点の手前で一時停止して右方を見た際、被害者の運転する原動機付自転車が北進してくるのを右前方約三九・五メートルの地点に認めたが、左方からの南進車両は遠方にあつたので、原告車よりも先に右折を完了できるものと思い込み、原告車の動静にはそれ以上の注意を払わないまま発進し、時速約五キロメートルの速度で右折を開始したところ、自車前方約六・一メートルに接近した原告車を発見し、とつさに衝突の危険を感じて急制動の措置をとつたが及ばず、加害車の左前部を原告に衝突させ、原告車を北東方向へ逸走させたうえ路上に転倒させ、単車もろとも原告を道路端の溝に転落させた。

3  一方、原告は、原動機付自転車を運転し、時速約三〇キロメートルの速度で南北道路を北進し、本件交差点を南から北に通過しようとしたものであるが、交差点の手前約三〇メートルの地点で交差道路から右折すべく車首を自車線に突き出している加害車を発見し、警音器を吹鳴したところ運転者は自車の進行に気付いている様子であつたので、自車に進路を譲つてくれるものと思い込み、それ以上加害車の動静に注意を払わずに前記速度のまま進行したところ、前記のとおり加害車がそのまま右折を続けたので、衝突を回避する暇もなく加害車と衝突した。

以上の事実が認められ、被告井本市太郎本人尋問の結果及び前掲甲第一二号証の一の記載のうち、右認定に反する部分は、前掲乙第一号証の三ないし五及び原告本人尋問の結果に照らして措信し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

右認定の事実によると、被告井本は、本件交差点を右折する際、原告車が交差点に接近しつつあるのに気付いていたのであるから、同車の動向を注意していれば容易に本件事故を回避する措置を講ずることができたのに、これを怠り、同車の動きに注意を払わなかつた過失により本件事故を惹起したことが明らかであるから、同被告は、民法七〇九条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

第三損害

一  受傷、治療経過等

1  受傷

成立に争いのない乙第二、第一四号証によれば、請求原因3の(一)の(1)が認められる。

2  治療経過

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二号証の二、第五号証の一、二、第六号証の一ないし八、第七号証の一ないし八、成立に争いのない甲第九号証の一ないし五、第一〇号証の一ないし三によれば、請求原因3の(一)の(2)が認められる。

3  後遺症

成立に争いのない甲第一一号証、証人桜井修の証言、鑑定の結果(第一、二四)及び弁論の全趣旨によれば、原告には本件受傷のため後遺症として、左股関節の機能障害(正常可動範囲の三分の一程度)、左下肢の短縮、左下腿瘢痕、長時間起立時の左股関節痛、運動病、跛行(長時間の歩行には杖の使用を必要とする)等の症状が残存し、昭和五四年八月一六日症状固定と診断され、自賠責保険の関係では、自賠法施行令別表後遺障害等級表八級の認定を受けたこと、また、原告は股関節の可動性を維持するためカツプ形成術を受けたが、将来金属との接触部分の変性あるいは関節痛が起こる可能性があり、最悪の場合には全人工関節置換術を行なう可能性も否定できないとの診断がなされていることが認められ、これに反する証拠はない。

4  因果関係

ところで、被告らは、昭和五三年六月以降の左股関節脱臼の治療及び同部位の後遺症のうち二分の一ないし四分の三の部分については、原告を治療した豊田病院の医師の不適切な治療行為がその原因となつたのであるから、本件事故との間に相当因果関係がない旨主張する。

しかしながら、前記乙第二、第一四号証及び補助参加人本人尋問の結果によると、本件事故により、原告は左下腿開放骨折、左膝部多発性擦過創、外傷性股関節脱臼の傷害を負つたが、当初治療にあたつた豊田病院の豊田、石野両医師は、初診の際原告の症状に股関節脱臼にみられる臨床所見がなかつたので、股関節脱臼のことは全然念頭におかずに骨折部位のレントゲン検査をしただけで前記のとおり下腿開放骨折、膝部多発性擦過創と診断し、これに対する治療、手術を終えたが、事故後三か月近く経過した昭和五二年三月一一日に至つて、原告の家族の訴えで股関節部のレントゲン撮影をした結果初めて左股関節に脱臼があることを発見し、直ちに徒手整復を試みたが失敗したので、兵庫医科大学病院に転院手続をとつたことが認められるところ、一方、前掲証人桜井修、同立石博臣の各証言及び鑑定の結果(第一、二回)によれば、もともと股関節脱臼は脱臼の中でも発生する頻度が少ないうえ、これに同側の下腿開放骨折を合併する症例は更に少なく、したがつて、医師としても患者から股関節脱臼を疑わしめる愁訴でもない限り、合併症の場合には臨床所見でこれを発見することはきわめて困難であり、また臨床所見がない場合には、通常レントゲンによる検査もレントゲン曝射の弊害があるので行わず、その結果、合併症の場合に股関節脱臼が見落されることが多くなること、外傷性股関節脱臼は一般に予後が悪く、これに下腿開放骨折等の合併症が加わると、その整復、治療が困難となるために予後の成績に影響するところは更に大きくなること、しかし、受傷後整復が遅れた場合に、これと後遺症の程度との相関関係を具体的に係数的に評価することは不可能であること、このような事実も認められ、証人桜井修の証言中、右認定の趣旨に反するかのような部分は、前記鑑定の結果(第一、二回)に照らして直ちに採用し難く、また、証人太田進の証言及びこれによつて真正に成立したものと認められる乙第七ないし第九号証の記載中、右認定に反する部分は、右鑑定の結果(第一、二回)に照らして措信できない。

以上の事実によつて考えると、本件事故により原告は外傷性股関節脱臼となつたが、医師はこれに気付かず、そのためこれを看過したまま治療が行なわれたわけであるが、現在の医学水準では本件のような合併症の場合に股関節脱臼が見落される例は決してまれではなく、また、治療が遅れたことによつて後遺症がどれだけ増大したかを確定することもできないわけであるから、そうだとすると、本件事故による原告の受傷とその後の股関節脱臼の治療及びこれの後遺症のすべてにつき相当因果関係を否定すべき理由はなく、被告らは原告の被つた全損害を賠償する責任があるといわなければならない。

二  治療関係費

1  入院付添費 一九万五〇〇〇円

成立に争いのない甲第一〇号証の一、乙第一三号証、弁論の全趣旨及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第二号証の二、原告本人尋問の結果並びに経験則によれば、原告は前記入院期間のうち、七八日間付添看護を必要とし、その間一日二五〇〇円の割合による合計一九万五〇〇〇円の損害を被つたことが認められる。

2  通院付添費 六〇〇〇円

前記一認定の原告の受傷部位、程度、前記甲第二号証の二、第一〇号証の一、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨に経験則を併せると、原告の通院期間中、四日間付添を必要とし、一日一五〇〇円の割合による合計六〇〇〇円の損害を被つたことが認められる。

3  入院雑費 四四万三一〇〇円

原告が六三三日間入院したことは前認定のとおりであり、そうすると、経験則上、一日七〇〇円の割合による入院雑費を要したことが認められる。

三  逸失利益

1  成立に争いのない乙第一一号証の一、二、弁論の全趣旨及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第八号証の一、二、原告本人尋問の結果並びに鑑定の結果(第一、二回)によると、次の事実が認められる。

(一) 原告は、本件事故当時一七歳(昭和三四年二月二二日生)の大阪市立東淀川工業高校三年在学中の健康な男子で、翌昭和五二年四月一日より不二サツシ工業株式会社に就職することが内定し、年間約一四一万四一四四円(給与と賞与を加算したもの)の収入を得るはずであつたが、本件事故による受傷のため卒業が遅れ、同年六月三〇日付で同社から採用を取消された。

(二) 原告の傷害は昭和五四年八月一六日症状固定し、後遺症の内容程度は前認定のとおりであり、その性質上回復の見込みはない。

(三) しかして原告は、その後昭和五六年一月ころから、大阪市内にある淀川製版有限会社に製版のデザイナーの職を得て、同社から一か年間二〇三万〇七〇〇円(給与と賞与を合算したもの)の収入を得ている。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

2  休業損害 三三六万二六三二円

右認定の事実に、前記一の事実、すなわち原告の傷害の部位、程度、入通院の状況、後遺症の内容、程度を併わせ考えると、事故がなければ原告が就労したであろう昭和五二年四月一日から、症状固定日である昭和五四年八月一六日までの八六八日間の休業は原告にとりやむを得なかつたというべきであり、したがつて、本件事故と相当因果関係の認められる原告の収入喪失額は、次のとおり三三六万二六三二円となる。

(算式)

一四一万四一四四÷三六五×八六八=三三六万二六三二円(円未満切捨て、以下同じ。)

3  将来の逸失利益 一一七四万六五四五円

原告には前記一の3認定の後遺症が残存しているところ、原告は、これに伴う労働能力喪失率について自賠法施行令別表後遺障害等級表七級あるいは八級として、いわゆる労働能力喪失率表を適用して五六パーセントあるいは四五パーセントと認定すべきことを求める。しかしながら、前記1の(三)で認定したとおり、原告は後遺症による苦痛に耐えて製版デザイナーとして稼働し、現実にかなりの額の収入を得ていることが認められるのであるから、直ちに、喪失率表どおりにいわゆる経済的労働能力が五六パーセントあるいは四五パーセント減少したとして逸失利益を認めるのは妥当を欠くといわなければならない。しかし、そうであるからといつて、事故後も現実に収入を得ているとの一事をもつて、直ちに、原告には労働能力を喪失したことによる損害がないものと断定することも相当でない。けだし、原告の右収入の永続性、安定性は必ずしも明らかではないし、将来原告が転職するようなことがあつて、仮に肉体労働に従事するとなると、就職自体困難となつてそれが直ちに減収に結び付くことは明らかであり、そしてまた、原告に右のような後遺症がなく、事故前に有していた労働能力を発揮したならば、優に、事故後においても現実に得た右収入以上の収入を得ることも可能であつたと考えられるからである。

そこで、原告の症状固定日から就労を始めたことが明らかな昭和五六年一月までの間について考えると、原告に後遺症がなければ少なくとも平均賃金程度の所得を得るだけの労働能力があつたことはこれを推認するに難くなく、そして、それが右後遺症のために減退し、また、機能回復訓練や職業訓練等のため多大の労力を要したであろうことも経験則上容易に推認しうるから、そうすると、右期間を通じて平均してその有する労働能力の八〇パーセント程度を喪失したと認めるのが相当というべく、原告が後遺症がなかつたら得たであろう症状固定時の平均賃金、すなわち昭和五四年賃金センサス、第一巻、第一表、産業計、企業規模計、新高卒男子二〇歳ないし二四歳の平均給与の年額を基礎とし(弁論の全趣旨によれば、原告の就職内定先の不二サツシ工業株式会社は昭和五五年ころ倒産ないし吸収合併により存在しなくなつたことが窺われ、したがつて、右期間の原告の具体的な実収入は明らかでない。)、また、症状固定後現在(口頭弁論終結時)まで二年余経過していることを考慮して中間利息を控除せずに算定すると、次のとおり二一八万八五六九円となる。

(算式)

一九八万一四〇〇÷三六五×五〇四×〇・八=二一八万八五六九円

次に、原告が就労を開始したことが明らかな昭和五六年一月以降の逸失利益につき考えるに、前認定のとおり、原告は後遺症の苦痛に耐えながらも製版デザイナーとして稼働し、かなりの額の収入を得ているけれども、しかし本件事故による後遺症がなければ、原告の学歴、能力その他諸般の事情からみて、控えめにみても稼働可能期間中平均して現在の収入の一二〇パーセント程度の収入を挙げ得るものと推認されるから、この間の差額が原告の損害というべく、そして、原告は昭和五六年一月当時二一歳であり、六七歳まで四六年間稼働することができると推認されるので、この間の逸失利益を年別ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、次のとおり九五五万七九七六円となる。

(算式)

(二〇三万〇七〇〇×一・二-二〇三万〇七〇〇)×二三・五三三七=九五五万七九七六円

以上のとおり、原告の逸失利益は一一七四万六五四五円となる。

四  慰藉料 六五〇万円

本件事故の態様、原告の傷害の内容、程度、治療経過、後遺症の内容、程度その他諸般の事情を総合すると、原告の慰藉料額は六五〇万円とするのが相当である。

第四過失相殺

前記第二の二の事実によれば、本件事故の発生については、原告にも、本件交差点を通過するに際し、加害車が右折しようとしているのに気付いていたにも拘わらず、自車に進路を譲つてくれるものと速断してその動静に注意せず、同一速度のまま進行した過失が認められるところ、前認定の被告井本の過失の内容、程度等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として原告の損害の三割を減ずるのが相当であると認められる。

そして、過失相殺の対象となる総損害額は、前記第三の二ないし四の合計二二二五万三二七七円と本訴請求外の損害合計三一一万五一五九円(前記甲第五号証の二、第六号証の一ないし八、第七号証の一ないし八、第九号証の一ないし五、成立に争いのない乙第三号証の二、第四号証の二、第六号証の一により認められる治療費)との合計二五三六万八四三六円であるから、その三割を減ずると、原告の損害額は一七七五万七九〇五円となる。

第五損害の填補 五〇九万円

請求原因4は、当事者間に争いがなく、また、被告らの主張4(治療費の支払)は、これを認めるに足りる証拠がない。

そうすると、前記損害額から填補額五〇九万円を差引くと、残損害額は一二六六万七九〇五円となる。

第六弁護士費用 一二〇万円

本件事案の内容は、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告らに対して本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、一二〇万円とするのが相当である。

第七結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、一三八六万七九〇五円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五一年一二月一五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 川上拓一)

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